ドライブと相性のよいのが「食べ歩き」。ラーメン、カレー、スイーツなど、どのジャンルを攻めるか迷うところですが、今回のテーマは「山形のそば」巡りです。
山形は私が大学生時代を過ごした場所なのですが(約30年も前の話)、コスパ重視の貧乏学生だったので、そばの名店を巡る余裕はありませんでした。今にして思えば、せっかく山形に住んでいたのに、そばを深掘りしなかったのは大変もったいない話ですよね。
そんな後悔を今更ながら払拭すべく、今回案内をお願いしたのは、山形県山形市出身で現在も山形市に暮らすフリーアナウンサー・矢作有美花さん。地元テレビ局のアナウンサーとして地域を取材してきた経験を持つ矢作さんに、山ほどあるおすすめの店の中からいくつかを案内していただき、山形のそばの魅力を再発見しようと思います。
1軒目:そば処 三百坊
私がそばの食べ歩きに出掛けたのは、ゴールデンウイーク直前の新緑が萌える時期。今が旬の山菜も期待できそうです。
はるか昔の記憶とはだいぶ違う景色となった山形駅前で、ナビゲーター役の矢作さん、共通の知人であるOさんと待ち合わせ。矢作さんのかっこいい電気自動車に乗せていただき、懐かしさと新鮮さが入り交じる山形市内のドライブを楽しみながら西蔵王方面へと向かいます。
矢作さん:「山形県民にとってそばはとても身近な存在で、みんな推しの店がいくつもあるんですよ。今回もお連れしたい店がありすぎて迷ったのですが、まずは山形らしい豊かな自然も楽しめる『そば処 三百坊 西蔵王本店』へ行きましょう。
駅の近くに支店もできたのですが、ドライブを楽しむならやっぱり本店。EVなら山道もぐんぐん加速していきますよ。自家栽培・自家製粉しているそば粉を使ったそばを、山形のおいしい空気と一緒に味わってください!」

こうして連れてきていただいた「そば処 三百坊 西蔵王本店」は、「素晴らしい場所」や「住みやすい場所」といった意味を持つ「まほろば」という言葉がぴったり。
こんなにも素敵な場所が山形にあったのかと、しばらく呆然としてしまいました。


私が注文したのは、西蔵王の畑で自家栽培したソバの実を石臼で自家製粉した「坊板そば(十・一そば)」の並盛り。しかもこの時期は、ソバの実(玄ソバ)を冷たい川の水にさらすことで、あくが抜けて甘さが増した「寒ざらしそば」とのこと。
ちなみに十・一そばとは、そば粉が十に対してつなぎの小麦粉が一で打ったそば粉の割合が多いそば。そして板そばは、板状の薄い箱にそばをたっぷりと盛る山形独特の食べ方。東京などの並盛りに比べて、麺の量が多いのも山形のそばの特徴です。


そば粉の割合が多くなるほど打つのが難しいと言われていますが、ほとんどがそば粉の十・一そばながら、ここの麺はとても細く、香りが高くて歯ごたえも抜群。西蔵王の大地を感じる風味は、しっかりと出汁の利いたつゆに負けません。
外国ではマナー違反になるそうですが、そばを勢いよくズルズルっと唇を滑らせてすする感触が最高なんですよ。
一緒に頼んだ山菜の天ぷらもまたすごかった。時期によって内容は変わるそうで、今日はアマドコロ、ウルイ、ワラビ、コシアブラ、タラの芽、フキノトウ、マタタビの新芽、コゴミ、ウドの計9種類!
山菜ごとの香りや食感といった個性は、天ぷらにしてもしっかりと残っています。白身魚の刺し盛りなどもそうですが、微妙な味の違いを楽しむことこそが本当の贅沢なのかもしれません。この時期だからこそ味わえる、ほろ苦さのバリエーションを堪能させていただきました。




食後は矢作さんの車を少し運転させていただき、私が通っていた大学を見下ろす丘までドライブ。電気自動車を運転するのは初めてだったのですが、シフトレバーの使い方が普段乗っている車とはまったく違い、最初は少し戸惑ったものの、走り出してしまえば爽快そのもの。EV独特の滑らかな加速と静かな駆動音にびっくりです。
私が初めて山形を走った車はマニュアルミッションのガソリン車。うっすら記憶にある道路を電気自動車で走っていたら、あの日から30年以上が経った未来にいるのだという実感が湧いてきました。

おまけ:鈴木製粉所の石臼館
続いて向かったのは、そば粉を専門に扱う鈴木製粉所の公開施設『石臼館』。今回の食べ歩きツアーでは、ただそばを食べるだけではなく、そばに関する知識を深める機会も組みこんでいただいたのです。
代表取締役の鈴木文明さんから、山形がそば処である所以、挽き方によるそば粉の違いなどの貴重な話を伺ったことで、これまで以上に山形のそばをよりおいしく感じられるようになりました。

――鈴木製粉所の創業はいつ頃ですか。
鈴木さん:「明治41年です。創業者から四世代目になるのですが、私は岡山県の生まれ。小学校三年生で神奈川に引っ越し、大学卒業後に就職してからは東北や首都圏を行ったり来たりで、縁あってたまたま鈴木家に婿入りをしたんですよ。それまで、そばとか製粉とはまったく関係のない仕事をしていました」
――珍しいパターンですね。そんな経歴を持つ鈴木さんが考える、山形県民がそば好きである理由を教えてください!
鈴木さん:「外部からやってきた私から見た山形県民の気質は、素朴で、真面目で、たくましい。これってなんだかそばっぽくないですか。そんな県民性だからそばの相性がいいんだと思います。そういう土地のそばがおいしくない訳がないじゃないですか(笑)」
――確かに山形県民は、うどんよりもそばが似合うかも。

鈴木さん:「ソバは昔から救荒作物と言われてきました。種を蒔いてから収穫までが早いし、荒れた土地でも育ちやすいし、あまり手がかからない。でもそれだけではないですよね。
山形は山に囲まれた盆地が多い。こういう地形だと夏は暑くて冬は寒く、一日の寒暖差も大きい。そして水がおいしいから高品質な作物がとれる。米やフルーツなども有名です。
そして交通の便があまりよくなかったからこそ、独自の食文化が育まれてきた。山形には私の知らない食べ物がたくさんあったんです。
こういう場所なので、本当においしいもの以外は淘汰されていく。その中で昔から愛され続けてきたのがそばなんです。
――もともとは救荒作物だったけど、そこにおいしさを追い求めてきた歴史があると。
鈴木さん:「山形のそば屋は横のつながりが強く、店主が集まって勉強会を開き、お互いのノウハウを教え合ってきた経緯もあるんです。今は酒蔵さんもそういう動きをしていますよね。 だからこそみんなで力を合わせて、江戸時代の古い文献に記載されていた『寒ざらしそば(真冬にソバの実を清流に浸して寒風にさらすことでアクが抜けて甘みが増したそば)』を復元したり、『天保そば(福島県の旧家で発見された天保時代のソバの実を栽培して作られたそば)』に挑んだりする。
山形は閉鎖的な場所というイメージがあるかもしれませんが、実は伝統を守るだけではなく、新しい試みに挑む土壌があるんですよ」
――外部から来た鈴木さんから見ても、山形の人は頑固なだけではないと。

鈴木さん:「山形のそば業界が進歩してきたのは、2つの『きょうそう』のおかげだと思っています。一つは個々が競い合う『競争』。そしてもう一つが共に創る『共創』。パイを奪い合うだけでなく、みんなでパイを大きくする。隣の店よりもおいしいそばを作るという想いと共に、隣の店と手を取り合って山形のそばを盛り上げようという想いがあった。
山形は『ラーメン県そば王国やまがた』を名乗っていますが、そばに関して言えば、一次産業のソバ農家さん、二次産業である我々製粉所、そして三次産業のそば屋や製麺所、これらのすべてが強い。また県の機関がソバの研究を継続していて、おいしさの追求はもちろん、高温障害や収穫量アップに尽力しているのも大きい。ちなみに私は畑に行くのが大好きで、ソバの等級を判断する農産物検査員でもあります」
――たまたま婿入りした先が天職だったのですね。そば粉にはどんな種類があるのですか。
鈴木さん:「もちろんソバの品種や産地の違いもありますが、挽き方で特徴が大きく変わってきます。同じソバの実でも挽き方が変われば違うものになるし、同じ挽き方でもソバの実が違えばまた別の粉になるんですよ」
――なるほど。挽き方でどのように味が変わるのでしょう。
鈴木さん:「ソバの実は中心部分が白くて炭水化物(澱粉質)の割合が多く、外側に近づくと黒っぽくなってたんぱく質が増えます。白いそばはしゃっきりして甘みが強く、黒いそばは風味や香りが強い。製粉所ではこれを挽き分けているんです。例えばソバの実の中心部分だけを集めた粉で打ったのが更科(さらしな)そばですね。
もっと言えば、粉の粒子が細かいとしっかりしたそばが打ちやすく、粗いともっちりした食感になる。ホシと呼ばれる殻や甘皮の粒をどれくらい入れるかでも変わってきます」
――なんとも奥の深い世界ですね。

鈴木さん:「昔ながらの石臼で挽くか、機械挽きと呼ばれるロール製粉機を使うかでも違います。だから弊社だけでも100種類以上の製粉パターンがあるし、粉同士をブレンドするから組み合わせは無限ですよね。うちは卸しているそば屋さんまで距離が近いので、挽きたての香りが良いそば粉をお届けすることができます」
――山形のおいしいそばを支えているのは、ソバの実を育てている農家さんであり、それをそば粉に加工している製粉業者だったとは。そば屋の店主がイメージするそばを打てるのは、店主の期待に応えてくれる製粉業者があればこそなんですね。
鈴木さん:「そう言ってもらえるとうれしいです(笑)」

――私は食べ物を味わうときに情報をありがたがるタイプなのですが、そばのおいしさはどんなところなのでしょう。おいしいことはわかるのですが、なぜおいしいかがよくわかっていません。
鈴木さん:「そばのおいしさって説明が難しいんですよ。誰にでもわかりやすくおいしいものって、脂肪分が多かったり、たんぱく質が豊富だったりする。でもそばはそうじゃない。
例えばラーメンと比べた場合、どっちも食べる人に幸せを運ぶけれど、その種類はまったく違う。ラーメンのおいしさはドーパミン系。ドキドキするような高揚感でわかりやすい。
対してそばはセロトニンやオキシトシン系。穏やかでじわっとくる幸せ。特に山形のシンプルなそばはそうじゃないですか」
――確かに。ラーメンは一口目が一番おいしくて、そばは食べながらおいしさがじんわり積みあがっていくイメージです。
鈴木さん:「だから食べ慣れていないと、おいしいとはなりにくいのがそば。以前、ヨーロッパから来た方々に冷たい天ぷらそばを出したのですが、天ぷらは全部食べるけれど、そばは残す人が多かった。海外には冷たい麺料理を食べるという食文化があまりないんですよ。温かいそばを出せばよかったと反省しました。
人間は本能的な部分だけではなく、情報や経験でもおいしさを感じます。インバウンド客も増えているので、そばを食べたことがない人にもおいしいと感じるための助走路を作ってあげないといけない。それが今後の課題ですね」

2軒目:そば処 庄司屋 御殿堰七日町店
山形のそば文化とそば粉に関する理解がグッと深まったところで、矢作さんにホテルまで送っていただき、一休みしてからOさんと二人で『そば処 庄司屋 御殿堰七日町店』へ。


店を選んでくれた矢作さん曰く、二種類のそばが楽しめる合盛りがおすすめとのことですが、そば屋の楽しみはそばだけにあらず。そば屋で飲む酒がまたいいんだよねということで、まずは鴨焼き、山形県産なめこを使ったなめこおろしを頼みつつ、ビールと日本酒で喉を潤します。
山形といえば酒処。山形新幹線を使えば東京から日帰りも可能ではありますが、せっかくなら一泊くらいして、日本酒とそれに合うつまみも堪能したいですよね。

程よく酔ってきたところで、満を持して相盛り板を注文。ハーフサイズの合盛りかと思いきや、そこは山形が誇る板そばなので、色違いの一人前サイズがドーンと並んで登場。
左側の「といちそば」は、まさにそばらしいそばという見た目で、しっかりした風味が楽しめます。それに対して右側の「さらしなそば」は、まるで細いうどんのよう。庄内地方で言うところの麦切(むぎきり)なのではと見間違うほどの白さにびっくり。これまで食べたことのないクキクキと表現したくなる独特の食感で、ざらつきや苦味が一切なく、そばが秘めていた甘みだけを純粋に楽しめます。
食べ切れるか不安な量でしたが、それぞれの個性がまったく違うため余裕でペロリ。
こうして二種類のそばを食べ比べて、鈴木製粉所の鈴木さんが説明してくれた話はこのことだったのかと膝をポンと叩いたのでした。


3軒目:肉そば処 伍らい光
山形そば巡りの2日目は、再び矢作さんと合流して3人で『肉そば処 伍らい光』へ。
矢作さん:「肉そばは山形県河北町で生まれた名物。最近は山形市内でも食べられる店が増えていて、この伍らい光も大人気。肉は鶏肉なのですが、柔らかい若鶏ではなく硬い親鶏を使うのが特徴。『つったい肉そば』と呼ばれる冷たい肉そばは、あっさりしつつもコクがあってこれからの時期に最高。麺を中華麺にした肉中華もおいしいですよ!」

私が注文したのはもちろん冷たい肉そば。黄色い鶏油が浮いた甘めのスープに、ガシっと締まったそばという組み合わせがたまりません。薄く切られていても歯ごたえのある親鶏は、噛みしめるほどに好きになる味。これもまた山形のそばなのです。



そしてサイドメニューとして頼んだのが、山形県内陸部のそば屋でよく食べられているげそ天です。山形で天ぷらそばを注文すると、エビ天やかき揚げではなく、このげそ天が出てくる店が多いのだとか。
ちょっと厚めでクリスピーな衣の中には、柔らかくて味が濃いイカのげそ。そのまま食べてもよし、肉そばのつゆにくぐらせて食べてもよし。昨日いただいた山菜の天ぷらもおいしかったですが、これもまた違う魅力がありますね。

4軒目:エンドー
大満足で店を出たところで、矢作さんが魅力的な提案をしてくれました。
矢作さん:「まだ時間と胃袋に余裕はありますか。げそ天がお好きだったら、ぜひお連れしたい店があるんですけど。そこはそば屋ではないんですが、手打ちのそばも食べられますよ」
そば屋ではないのに手打ちそばが食べられるげそ天が名物の店? どんな店なのかまったくわからないまま連れてきていただいたのは、羽前千歳駅のすぐ近くにあるエンドーというスーパーでした。
店の前には「げそ天」と書かれたのぼりにげそ天の顔はめパネル。どうやら普通のローカルスーパーではないようです。


どんな店だろうとドキドキしながら入店。基本的には食品や日用品を販売するスーパーのようですが、店の奥に「プレーン」「塩レモン」「カレー」といった謎のメニュー札が並んでいました。
矢作さんの話では、これがげそ天のバリエーションで、その数なんと17種類。イートインスペースも用意されているので、この場で揚げたてがいただけるそうです。





じっくり検討した結果、まったく味が想像できなかった『ニューシーフード』のげそ天、プレーンのげそ天と手打ちそばがセットになった『げそば』、オリジナルクラフトビールの『ゲソBLACK』を注文。
揚げたてのげそ天は衣がサクサクで、中身のイカは驚くほど柔らか。いくらでも食べられそうな軽さから油の質の良さが伝わってきます。
ニューシーフードには青海苔と謎の黄色い粉がかかっていて、これが海を感じさせる味でとてもおいしい。もしかしてカラスミパウダーでしょうか。

まだまだ元気な二代目が手打ちしているというそばは、がっしりとした太麺タイプで、店の雰囲気とよく合っています。これまた山形におけるそば文化の幅広さを感じさせてくれるお店でした。


こうして1泊2日で4食の個性的なそばをいただき、産直市場で山菜などのお土産を買い込んで、大満足で山形新幹線で帰宅したのでした。
※記事は2026年6月時点の内容です。
山形市周辺のおすすめEV充電スポット
著者:玉置標本
食材の採取とそれを使った冒険的料理が得意なフリーライター。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。著書に『育ちすぎたタケノコでメンマを作ってみた』(家の光協会)、『捕まえて、食べる』(新潮社)など。
